フグに関するあらゆること
~フグの種類、毒、名前の由来、レシピ~
諸説ありますが、実はフグほど多様的な魚はいません。
ウインクや瞬きをしたり、丸々と膨らんでみたり、声を出したり。
また、神経質でストレスを受けやすく、そのくせ共食いや喧嘩、エサは貝をその殻ごとバリバリと食べたり凶暴な一面もあります。
そしてその身は実に淡泊でクド味や癖が無く、不思議と飽きが来ません。
といった特徴のあるフグを改めて見直していきたいと思います。
1、フグの種類
一般にフグとは“フグ科に属している魚”を指します。
これは、食材として流通価値・商品価値のあるフグのほとんどがフグ科のトラフグ属・サバフグ属に属しているからです。
昭和58年厚生省通知「フグの衛生確保について」では可食と認められている22種類のフグのうち、16種類がトラフグ・サバフグ属です。
最も有名で高級なトラフグを筆頭にカラスフグ・マフグ・シマフグは、この辺りはお店で“てっさ”、いわゆるお刺身で提供されます。
上記に対してシロサバフグ・クロサバフグ・カナフグといったフグは、てっさにも出来ますが、生食では味が落ちるため、加工品(かまぼこ・干物等)や唐揚げ、炊き込みご飯の具によく使われます。
食するなら、上記に挙げた安全と保障されているフグを食べることに致しましょう。
何故ならマフグやショウサイフグ、アカメフグのように身に毒はなくとも、皮に毒があるケースが実在するからです。
2、フグの毒について
フグの毒に関しては有名なのは、明治42年に田原良純という学者が名付けた「テトロドトキシン」。
次いでハコフグがストレスを感じると分泌する、「パフトキシン」が挙げられます。
まず、テトロドトキシンですが、フグの卵巣(キモとよばれる肝臓と真子)・種類によっては皮・白子等に含まれています。
昔は自衛の手段のための突然変異ではないかと言われていたそうですが、最近は諸説ありこそすれ、「食物連鎖説」が有力です。
流れとして海中に存在する有毒プランクトンを貝類が捕食する。
その貝類をフグが捕食する。
このテトロドトキシンは消化が出来ないため、この毒がフグの体内に蓄積しそのフグを食べて食中毒になる、という流れです。
症状として、唇から舌先、指先にしびれを感じ、激しいおう吐や頭痛、発熱となります。
こういった症状は食後間もなくから、平均2時間から5時間以内によくみられます。
次いで、知覚障害・言語障害・運動困難・血圧以上低下、やがて呼吸困難となり死に至ります。
死に至るまで約90分から8時間と幅は広いですが、当然量によって個人差は広まります。
しかし、8時間経過してから、上記のケースが出た場合は軽症でしかるべき処置をうければ助かります。
余談ですが、フグ毒の歴史は実に古く、戦国武将の織田信長の配下の忍者軍団が、敵の大名暗殺に用いていた毒はこのフグ毒を加工したものであり、自身はフグを食べなかったそうです。
ついで治療法ですが、これは実に多種多様で、白砂糖と黒砂糖を混ぜて大量になめさせるとか、渋柿を溶かして飲ますとか、乾燥した白粉を飲ますとか、金汁(人糞を溶かした水)を飲ますとか(オエー)、顔から下を地面に埋めるとかありますが、全て迷信でこれだけ医療技術が発達した現代においても決定的な治療法は残念ながらありません。
“絶対に口にしないこと“これが唯一最大の対処法であり、万が一口にした場合は徹底的に水を胃に流し込み、吐かせて、直ぐに病院に行き、治療を受けることです。
何せフグ毒の効力はすさまじく、上記の織田信長の話よろしく、青酸カリの約1,000倍といわれております。
しかしここで注意をすべきはその強さだけでなく、むしろ毒をもつ部分の量です。
弱い毒であっても大量に食べると、当然その効果は大きくなります。
更にややこしいのは“定まらないのが特徴”でフグの1匹1匹によって個体差があります。
同じ時期・場所・時間で捕れたフグでも猛毒な場合と、以外にも無毒な場合があります。
海域や時期にもより、南方は独力が強く、産卵を目前にした1月から3月は最も危険で“菜種フグ”とよばれます。
極論ですが、この理由のため、また、フグ毒は熱によって消毒できるという人がたまにいますが、大きな誤解で、超高熱で9時間以上しても完全には出来ませんし、-20度以下の環境12時間以上さらしても全く影響はありません。
最大の特徴として「免疫性がない」。
つまり、マムシやハブのような血清を作ることも出来ません。
再度申し上げます。
素人調理や、危ないと言われている所は絶対に食べてはいけません。
ただし、全国で唯一例外として、石川県では卵巣の糠漬けが名物として認められています。
よその都道府県では認められていません。
その代わりかなり厳しい条件(気温・湿度・状態等)が設けられており、1度認可を受けたからと言って半永久的に製造は出来ません。
抜き打ちで保健所から試験が入ったりするそうなのでわずかな気も抜けません。
味は上に“超”が付く、まさに珍味です。
お茶漬けや冷ややっこの上に乗せるとか、フグの身のぶつ切りと食べたり、パスタの具にしたりします。
対して、パフトキシンpahutoxin(パフトキシンの中にもホモパフトキシン、デアセチルパフトキシンなどいくつか種類があるようですが、おおまかには同じようなものかと思われます)。
パフトキシンはフグ類のなかでも、とくにハコフグ類、イトマキフグ類が持っている粘液毒のひとつ。
これは大きな特徴で、テトロドキシンと違い、水溶性という特徴があります。普段はこの毒が水中に溶けることはないと思われますが、ストレスなどがかかった際、この毒を出して敵から身を守ります。
問題はその威力で、ときには自らもこの毒で死んでしまうというほどのものだそうです。
実際、某研究室の水槽ではミナミハコフグがこの毒を出し、コンゴウフグをのぞく魚が亡くなってしまったという記録が残っているという恐ろしさです。
ちなみにこの毒、たとえばいろんな魚を採集して、ひとつのビニールなどにハコフグを入れておくとストレスから毒を出して全滅なんていう例もあったそうです。
この毒、出た際には対処方法ですが、まずは当該魚「以外」の魚を隔離し、新しい水と入れ替えるという方法が安全かもしれません。
毒が多く出た場合には当該魚はもう諦めるしかないのでしょうか?
また、どのようなときに毒を出すのか?
やはり「ストレスがあったとき」というのが基本のようです。
追っかけたり、狭いところで飼育したり、他の魚と喧嘩したりといったところでしょうか。
3、フグの歴史について
まず日本のふぐ食の始めについて。
実は日本のフグ食文化はものすごく古く、縄文時代には、もうすでに食べられていたようで、貝塚の中からふぐの骨が発見されていて、そのフグの骨を釣り針に使用していたという学説まであります。
これも余談ですが、エジプトの壁画にもふぐを食べていたらしい彫刻や壁画が残っています。
しかし、古い時代には今のような料理方法はなく、単に焼いたり、煮たりして食べていたらしくて、毒のある部分、特に内蔵などは生焼けだったりするので、食べずに捨てていたのではないかと思われます。
武家は一時期フグ食は禁止されていました。
それは豊臣秀吉が、朝鮮に出兵するの際、途中立ち寄った下関辺りで、家来がふぐを食べたため、たくさん死んでしまいました。
上記の事もあって、織田信長の家臣だった秀吉はフグに懐疑的な意見を持ってはいたそうですが、長旅のねぎらいに、と思ったそうです。
しかし家来にふぐを食べないよう、禁止令(お触れ)を出しました。
その後、江戸時代もずっと禁止されており、例えば毛利藩は、ふぐを食べると、お家断絶、などというような厳しい掟がありました。
ただ、武家の人たちが食べるのは難しかったけど、一般庶民の間では、かなり食べられていたようです。
特に、江戸時代の爛熟した元禄、文化文政の時代になると、庶民は言うに及ばず、武士階級の人たちにも広く、ふぐ食文化が広まっていきました。
俳諧、浮世絵、落語などにも多く記録が残っています。
フグ好きな小林一茶は、
鰒(ふぐ)食はぬ奴には見せな不二の山
という句も残している位です。
そんな武家階級ですが、明治時代に入って、初代総理大臣の伊藤博文公が、下関の春帆楼(しゅんぱんろう、このお店は今もあります)へ立ち寄った時に、あいにく時化のため、お出しする魚がなくて、仕方なく、当時の女将がお仕置き(この当時は処罰がありました)を覚悟の上で、ふぐの料理を出しました。
しかし伊藤博文公はこのふぐの料理に、いたく感激して、山口県知事に働きかけて、山口県下ではふぐ食が解禁されました。
それから、武家社会にもふぐ食が解禁されました。
この事から春帆楼は日本でフグの解体免許取得第1号になりました。
4、ふぐの名前の由来
古来、日本ではふぐのことを、布久(ふく)とか布久閉(ふくへ)などと呼ばれていました。
江戸時代には、ふく、ふぐ、ふくべ、ふくへ、ふくとう、などと呼ばれていました。
これは、いずれも腹をふくらます、ふくるるから由来しています。
英語でも、同じような意味から、globe fish、swell fish、などと言います。
又、水や空気を吹き出すから、pufferなどとも言います。
現在、下関などでは、ふぐとは濁らずに、ふくと言います。
ふくは福に通じるから、縁起が良く、ふぐは不具を連想すると言うことです。
5、てっちりの名前の由来
ふぐの鍋料理のことを、てっちりなどと言ったりしますが、それはどういう意味からであろうか?
又いつ頃から、てっちりなどと言っていたのであろうか?
てっちりのてつは鉄砲の鉄から来ています(ただフグの姿価値が鉄砲に似ているから、というのは迷信です。)
当たったら死ぬ、しかし当時の鉄砲はめったに当たらない。
だから、ふぐのちり鍋(魚や野菜を鍋の中に散らした鍋)はてっちり、ふぐの刺身はてっさ。
そして、ふぐのことはそのまま、てっぽうと言っていました。
てっぽうと言う呼び名は、江戸時代から、関東の方で呼ばれていた隠語で、その当時は、大きな声で、「今日は、寒いからふぐ鍋でも食べようか」なんて言えませんでした。
それで、「てっぽうでも喰うか?」と言っていました。
今では、関西方面でのみ、てっさとかてっちりとか言われていますが、もともとは江戸で使われていた言葉です。
昔は、掟を破り、命を懸けて喰っていた。
そして、あまり真面目な人は食べなかったという意味から、
“てっちりの味極道のゆえに知る“
なんて、川柳も残っています。
6、フグの異名、西施乳
話が逸れるかもしれませんが、もともとフグは中国の黄河に住んでいた魚で、その魚が豚のように膨れるから日本では“河豚”と書きます。
しかしふぐには西施乳(せいしにゅう)という異名があります。
西施と言うのは、中国の四大美人、
西施(XiShi:シス;せいし)
楊貴妃(YangGuiFei;ヤンクイフェイ;ようきひ)、
王昭君(WangZhaoJun;ワンツァォチン;おおしょうくん)、
貂嬋(DiaoChan;テャォツァン;ちょうせん)
の中の一人です。
西施乳の由来ですが、中国の春秋時代の後半に、呉と越という長年敵対していた二つの国がありました。
越王勾践(こうせん)に父を殺された呉の王子夫差(ふさ)は恨みを忘れないために、薪の上に眠ってその痛みに耐えることで、その復讐心をたぎらせ、ついに、越を破って勾践を捕虜にしました。
その後、やがて、釈放された勾践はその屈辱を忘れないよう、ぶら下げた苦い肝を毎日嘗めてはその屈辱を思い出し、かつ、復讐心をたぎらせて、22年後に政権を奪回しました。
この故事は「臥薪嘗胆」の教訓として今も残っています。
しかしこの話には裏があり、夫差は越を破って、父の仇を討ちましたが、破れた越は夫差に西施と言う絶世の美女を送りこみました。
夫差は西施の色香に溺れて骨抜きになってしまい、国の政治なんかそっちのけで、朝から晩まで、西施といちゃついてしまい、勾践が再び攻め入ってきたときは、にべもなくやられてしまった。
美しいバラには棘があり、ふぐも美味しいけど、毒があって怖い。
と言う、意味合いから、ふぐのことを西施乳と呼び、又、特にふぐの白子のことも西施乳といいます。
7、フグを使った料理のレシピを紹介します
てっさ:
最も代表的なフグの刺身。
サクと呼ばれるフグの身をタコ引き包丁や柳包丁を用いて薄く、目安としては皿が透けて見えるぐらいにする刺身。
てっちり:
フグのお鍋です。
鍋に適量の水とダシ昆布を入れて火にかけます。
沸騰直前に昆布は取り出して下さい。
沸騰したら、とらふぐアラを入れ、ふぐの出汁をとります。
表面のアクをとりながら、だいたい4、5分が目安です。
残りのふぐ切り身、豆腐や季節の旬な野菜(菊菜や白菜)などを鍋に入れ、盃一杯のお酒を加えます。
煮すぎない内に特製ポン酢につけて食べます。
(これは代表的な例です。他にもバリエーションはたくさんあります。)
フグのたたき(焼き刺し):
上記のサクの身の、皮目の所を火で炙り、すぐに氷水にさらす。
てっさよりやや分厚い目に切ります。
テッサとはまた違う風味、味わいが楽しめます。
(焼かずにさっと湯がくという方法もあります)
フグ唐揚げ:
フグのあら、もしくは身をタレ(薄口1・二級酒2・味の素適量)に20分から30分漬け、片栗粉をまぶして180℃の油で揚げます。
上記のたれ以外にも味をつけずに片栗粉をまぶして揚げて塩コショウで食べるとか、片栗粉にカレー粉をまぶすといった、こちらもバリエーションは豊富です。
フグの煎りダシ:
フグの身に片栗粉を入れて揚げます。
かつおだしに砂糖・塩・味の素・薄口醤油を入れ、沸騰直前に水で溶かした片栗粉を入れて、“銀餡”を作り、上から掛けます。
フグ塩焼き:
フグのアラを軽く焼き、そこで塩を振り、再度焼きます。
仕上げにスダチやユズを使うとより香りが引き立ちます。
フグ南蛮焼き:
フグ切り身(アラでも)を酒大2を振りかけて酒洗いをして置く。
玉葱の皮を剥いて千切りにし布巾に包んで流水で揉むようにして晒し、
水気を切る。
鷹の爪の軸の先を切って種を取り除き、小口切りにする。(無ければ唐辛子でも)
鍋に分量のみりん、醤油、胡麻油、酒を混ぜ合わせて火にかけ、一煮立ちしたら火からおろして冷まし、漬け汁を作って置く。
漬け汁に玉葱の千切りと鷹の爪の小口切りを混ぜ合わせ、酒洗いした魚を
入れて、1~2時間漬け、下味を付ける。
漬け汁から魚を取り出し、汁気をよく切って小麦粉をまぶし、フライパンにサラダ油を引いて両面を油焼きする。
魚が焼き上がる直前に漬け汁と玉葱、鷹の爪を上からかけ、落とし蓋をして蒸らすようにして色よく焼き上げます。
ガンバ料理(湯引きとガンバ焚き):
湯引き_長崎のフグ料理で、フグの身をやや厚めにそぎ落とし、皮と共に湯にくぐらせ、氷水に浸す。
その後、ニンニクの葉をみじん切りにし叩いた梅干し、紅葉おろし、ポン酢を絡めて食べます。
ガンバ焚き_骨付きの身をニンニクの葉、叩いた梅干し、タケノコ等野菜と醤油味で炊きます。
双方正月や結婚などめでたい席でよくふるまわれます。
白子の刺身:
文字通り、白子を薄く引いて刺身にするのですが、余程新鮮な白子をお勧めします。
白子を生では生臭いと思わる方が多いため、これだけはポン酢ではなく生姜醤油で召し上がる方もいます。
半生白子:
白子をさっと湯がき氷水にさらします。
湯がく時間ですが15秒くらいから20秒が目安です。
白子オーブン焼き:
白子を薄めの塩水(約3%)に30分ほどつけておきます。
アルミホイルの中心にバターを敷き、キノコ(シメジやマイタケ等)長ネギ、白子を乗せて上から醤油を少々たらし、包みます。
オーブンで250℃で7分から10分、フライパンなら弱中火で15分ほど焼きます。
8、まとめとして
ふぐを食するとは世界的にも、稀有なケースです。
上記にも記載しましたが毒をもっていると分かっている魚を食べるなど諸外国、特に欧米は法律で禁止していますし、たまたま網に引っ掛かっていたのを気づかずに港に帰ってきただけで罰金をとるという厳しい国もあるそうです。
中国では揚物、韓国ではメウンタンと呼ばれる辛い鍋では食べますし、台湾も干物にして食べたり、南太平洋の国ではハリセンボンなどを食用にしますが、
日本のように生食の習慣はありません。
食だけではなく、観賞用やお土産にするのは日本だけといっても過言ではありません。
これはまさしく文化です。
フグという魚を通じて、自然環境や加工技術を見直したりと多岐に渡っています。
今後どうなっていくのか?
これはもうなってみないことには分かりませんが、おおよそ日本においては明るいのではないか、そう思います。
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